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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和38年(ワ)16号 判決 1964年1月17日

主文

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として

「(一)被告は原告に対し金二百二十万円及び之に対する昭和三十六年八月二十三日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払うこと

(二) 訴訟費用は被告の負担とする」

旨の判決並仮執行の宣言を求め請求の原因として

(一)  被告は渥美郡渥美町伊良湖岬の護岸工事を請負い同所に伊良湖作業所を設置して同工事の施行中にその責任者である江川衛は工事用の砂利、砂等の建設資材の代金支払いのため昭和三十六年七月十四日、被告代理人として資材納入者渡会建材こと渡会九十九に宛て左の如き約束手形を振出した。

額面金二百二十万円

支払期日、昭和三十六年八月二十日

支払地並振出地渥美町

支払場所、東海銀行福江支店

(二)  原告は同日、手形所持人訴外中原寅吉から右手形の裏書譲渡を受け手形上の権利を取得したので昭和三十六年八月二十二日、支払場所に手形を呈示して支払を求めたが拒絶された。

よつて本訴請求に及ぶ、

と述べ、

(三)  被告は争うけれども、本件手形に使用の「愛知県渥美郡渥美町西山一番地、穂波四班、飛島土木株式会社伊良湖作業所長江川衛」のゴム印、飛島土木株式会社伊良湖作業所印、江川衛名下の所長印が伊良湖作業所の諸報告書に使用されていたから名古屋支店も本社もわかつていたと証人岩崎久雄の供述するところからみると本社及び名古屋支店も黙認していたものであることは明らかで、単に振出権限がないと主張するのは口実に過ぎぬ弁解と考える。

と附陳し、予備的請求原因として

(四)  仮りに然らずとするも訴外江川衛は当時被告会社の作業現場で工事施行の指揮監督をなし居れる者で、着任以来「百万や二百万は天下の飛島だ」と大言を吐き、本件以外にも同様の約束手形を他に振出し居る事実もあり、又、前記の如く本社及び名古屋支店へも前記ゴム印、作業所印、所長印を押捺して報告し居る等の事情より見れば手形受取人又は善意の第三者が本件手形を取得するに当り権限ありと信ずべき正当の理由あるものと云うべく、民法第百十条により被告会社はその責任を免れぬものである、

と主張し、被告主張事実中自己の上叙主張に反する部分を否認した。

立証(省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、請求原因事実中、被告会社が伊良湖岬の護岸工事を請負い、訴外江川衛が伊良湖作業所の主任をしていたことは認めるが、その余の事実はすべて之を争う、被告の主張は左の通りである。

(一)  被告会社は土木建築請負を業とし本店は東京都(訴状記載の通り)に支店は各地にあり名古屋支店は名古屋市中区栄町三丁目安田信託ビルにあるが昭和三十五年四月頃伊勢湾高潮対策事業の一環としての伊良湖地区海岸災害堤防護岸復旧工事を愛知県より請負い名古屋支店の所轄として施行することとなつた。

そこで愛知県渥美町大字中山字西山一番地に伊良湖作業所を設置し主任を始め数名の土木技術者及職員等を配属しこれが工事の施行に当らした。

(二)  而して伊良湖作業所は施行者である愛知県技術員の指図により同工事の設計書に基いて被告会社が提出した工程表の通り施行するのが主たる目的で設置されたものであるから同作業所の主任及職員なども愛知県の技術員の指図監督に従い工程表通り施行するために労務者を監督しこれに附随し愛知県との連絡労務者の雇入補充管理等が主たる仕事であつた。

而して同工事の収支については名古屋支店の所轄に属するもので施行者である愛知県よりの工事金の受領などは勿論土木工事の主たる資材であるセメント、砂利、木材等の購入契約及納入資材その他の工事費用の支払なども同支店に於て為しおり納入業者よりの納入資材の受入検収などの業務のみは工事現場である伊良湖作業所において行つておつた。

(三)  而して伊良湖作業所においては主任の責任に於て毎月二十日締切で同作業所の工事金請求書に納入資材の請求書の納入品目及数量を同作業所保管の納品伝票と対照し正確であることを確認し納入資材の支払金明細を地区別に記載しその他用度費労務賃金などの支払明細を記載し名古屋支店に報告し而して名古屋支店では同作業所より提出された工事金請求書を検討し翌月十五日前後に名古屋支店会計係が名古屋支店又は現場である伊良湖作業所に現金持参し直接支払を為しておつたものである。訴外渡会建材にも同様の方法で代金を支払つていたものであるただ伊良湖作業所に於ては事務用品交通費茶菓子などの小払いとして毎月金弐万円程度の現金を仮渡し主任の責任において支出せしめておつた丈けである。

依つて伊良湖作業所主任は工事資材の購入並に代金支払の権限はないのは勿論これがために被告会社伊良湖作業所名義で手形等振出す権限もなかつたのである。名古屋支店長さえ手形などの振出の権限なく若し手形等振出の必要ある場合は本社に諮り本社代表取締役名義の手形を振出すこととなつておつたものである。

(四)  而して訴外江川衛は昭和二十四年九月頃被告会社福岡支店に現場雇人として入社し爾後静岡、高知、新潟、宮崎などの工事現場で仕事をしていたもので昭和三十五年八月頃前記伊良湖作業所の主任に就任し前述の如く工事現場での工事指導監督を主たる仕事としており納入資材の水増請求の方法による詐欺被告事件として起訴されたので昭和三七年中頃被告会社を退職したのである。

されば訴外江川衛は前述の如き業務しか処理する権限はないもので代金支払のための手形振出などの権限は全然なかつたのである。

(五)  而して伊良湖作業所としては職業安定所及労働基準監督署などに労務関係の届書並に工事施行者である愛知県に提出する作業日報などを被告会社伊良湖作業所主任江川衛名義で提出することは承認しておつたが甲第一号証押捺のゴム印顆並伊良湖作業所所長の印顆については全然被告会社の知らないところである。

(六)  而して訴外渡会建材は訴外江川衛が前記伊良湖作業所の主任になつて後地元の砂利業者である渡会建材を推薦され昭和三十六年二月頃より砂利類を購入することとしたものであるが前述の如く伊良湖作業所を通じ毎月二十日締切の請求書が提出され之を検討し翌月十五日前後に請求金額に対する六〇パーセントを土木請負業者の慣習に従つて内払い昭和三十七年五月取引終了のとき残額金額を支払い現在訴外渡会建材に対する砂利類の購入代金は一文も残つていない次第である。

以上の通り陳述した。

立証(省略)

理由

(一)  原告提出の甲第一号証(その成立の真否については後に説示する所により明かである。)証人江川衛、同渡会九十九の各証言の各一部を綜合すると、当時被告会社の伊良湖作業所主任であつた訴外江川衛が訴外渡会九十九に宛てて原告主張の本件約束手形(甲第一号証)を振出したことを認め得て他に反証もないものである。

(二)  原告は右江川衛に本件手形振出の権限ありと主張するので考えるに、証人伊藤治郎、同中原寅吉、同渡会九十九の各証言中右原告主張に沿う如き部分は後掲諸証拠に照し措信し難く、成立に各争いない甲第二号証の一、二、証人江川衛の証言により成立を認める甲第三号証によるも未だ右事実を認めるに足らず、他に之を認めるに足る証拠がない(被告が江川に被告会社社名ゴム印、作業所印の使用を認めていたからとて、そのことから直ちに江川の手形振出の権限を推認し得ぬことは云う迄もない。)のみか却つて証人桑田義二、同鬼頭光一、同江川衛、同岩崎久雄の各証言、証人渡会九十九の証言の一部之により各成立を認める乙第一、第二号証の各一、二、乙第三号証を綜合すると、本件手形は被告会社伊良湖作業所へ資材を納入する渡会九十九に対する融通のために被告会社伊良湖作業所主任江川衛によつて振出されたものであるが同所主任の職務権限は同作業所管内の請負工事の現場総監督として部下の職員労務者を監督して工程表に基き工事を進行させると共に現場長として施主である愛知県や労務、社会保険の監督官庁へ諸報告をなす程度に留まり、資材等の購入契約も小口分を除いては直上の被告会社名古屋支店においてなされて居り、資材代金その他の諸払いも月額二万円程度の小口払分を除いてはすべてを被告会社名古屋支店より出張の上、支払われていたこと、したがつて右作業所主任としては東海銀行福江支店に普通預金口座を持つのみで、当座預金口座は何れの金融機関にも開設されていなかつたこと、右の如き状況で右江川には被告会社のため手形を振出す権限はなかつたものであるが資材納入業者の渡会に頼まれて一時急場をしのぐために本件手形を振出したものであることが認められるから、此の点に関する原告の主張は到底採用し難いものと云わねばならない。

(三)  原告は民法第百十条の表見代理の適用を主張しているが、ここに注意すべきは手形行為について民法第百十条を適用する場合の「第三者」とは無権代理行為の直接の相手方に限られることであり、本件の場合は訴外渡会九十九が之に該当することになる。

そこで右渡会が本件手形を取得するに際し、江川に代理権ありと信じたか否か、又、かく信じるにつき正当の理由があつたか否かを考えるに、証人渡会九十九、同中原寅吉、同伊藤治郎、同江川衛の各証言の各一部を綜合すると、当時、江川の主宰する被告会社伊良湖作業所では契約額数億の護岸工事をして居り、本件手形には真正な被告会社名ゴム印、同作業所印が押捺されていたこと訴外江川は此の他にも之と同様の融通手形を少なくとも二通は振出していることは之を認め得るところであるが、他面同所は現場の作業所であつて、資材等の購入契約も小口分を除いてはすべて直上の被告会社名古屋支店においてなされて居り、資材代金その他の諸払いも小口払いを除いてはすべて毎月被告会社名古屋支店から出張の上、支払われていたことは前記(二)において認定した通りであり、かかる事情は同所に資材を納入していた訴外渡会及びその資金方を勧めていた訴外中原においても熟知していたものと認められるから、右状況よりすれば訴外江川に手形振出の代理権ありと渡会乃至は中原が信じたとにわかに認め難いし、仮りに同人等がかく信じたとしてもかく信ずるにつき正当な理由があつたとは認め難いものである。よつて原告の表見代理の主張は之を排斥する。

上記の次第で被告会社の手形金支払義務の認め難い以上、之が履行を求める原告の本訴請求は失当につき排斥することとし、訴訟費用に関し民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

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